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自殺願望は最大の自己防衛本能?

死を望むって普通に考えたらおかしい感情だ。だって、欲望って生きるためのものだから。もちろん、自分の子どもや夫あるいは妻などを生かす代わりに自分が死ぬとか、自爆テロみたいに大義のために自分を犠牲にするというならありえる話だ。でも、そういうのは本当の意味で死を望んでいるわけではない。ほかに選択肢がないから選ばされているだけだ。

でも「死を望む」というのはそういうのとはちょっと違う。それは「食べたい」とか「欲しい」とかそういう本能に近い類の欲望であり、そのほうが自分にとっていいと考えているのだ。自分の人生のために死にたい、つまり生きるために死にたいとなってしまう。

この矛盾を解消するには、それよりももっと軽症の場合を考えればいいと思う。つまり、「ヤケ酒」とか「ヤケ食い」とか、あるいは怒りや悲しみで自分を叩いたりする行為なんかも。あれだって、広い意味では自殺に近い感情だ。

で、そういう感情的な欲望を感じるときって、自分の中で必ず別の強い感情が起こっている。強い怒りや悲しみ、あるいはどうしようもない虚無感。これらの感情には共通して強い負の力が働いている。

つまり、自分の意思とは異なる方向に感情が向かっているので、それを打ち消すために、それよりも強い別の感情を起こすわけだ。たくさんお酒を飲んで負の感情を打ち消したい。無理に食べて飲んで体を壊すことで、言わば体調不良という別の痛みを抱えることで、今の強い負の感情から逃れたい。具体的な痛みで心の痛みを和らげたい。

そして、その最たるものが「自殺願望」なんだと思う。

自分に起こっている非常に強い負の感情を克服してより良く生きるために死という選択肢を取る。一見矛盾しているけれど、辻褄は合う。

例えば、たった一人の実の子どもが幼いうちに酷い死に方をした場合、親だったらその後の人生にどんな価値を見出すのか。それがましてや片親で、自身の両親も亡くなっているとすれば、もしそこから死ぬまで楽な生活を保証されたとしても、希望など湧かないのではないか。

それでも自殺は選ぶべきではないとは思うけれど、それでも「自殺」という欲望があるとすれば、それはとても人間らしい、生き物らしい自己防衛本能の延長上にある欲望なんだと思う。